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2015年4月21日火曜日

壁面広告+α

カトマンズから、リゾート地のポカラへ向かう道で、いつも興味深く思う事がある。

広告のスタイルだ。

ハイウェイ(といっても別に高架に乗っているわけではないし、料金もかからない

普通の道なのだが) 沿いに建つあらゆる家の壁の側面いっぱいに、

企業や製品の広告がペンキでべったりと描かれている。

塗料やセメント、ウイスキー、一番多いのはネパールの携帯電話最大手「Ncell」のもの。

進行方向に対してちょうどバスの窓からよく見えるようになっている。



ただ、商店の壁ならあまり不自然さは感じないが、商売などしていない

普通の民家だったり、牛の飼われている小屋だったり、個人所有の建物

割り切ってあれほど大きな広告に使い切ってしまうのは新鮮だ。





「マルチ」ブランドのセメント広告




最新技術と伝統のコラボ?



どんな隙間にも入り込むたくましさは常々感じてきた。

しかし今度は壁ではなく、Ncellのイメージカラーで、

とある集落の家の屋根をすべて統一しているのには驚いた。

Ncell村である。住民をよく説得したものだと思うが。
                    




よく見ると統一を拒んだ家も・・・





これだけではない。


ハイウェイは基本的に川沿いを走る。

流れ込む支流にかかる橋を渡る時、広い河原に目を送ると、そこにある巨大な岩盤にも、

ド派手な全面広告が施されているのだ。

無理なく視線を送った場所に広告があるのは、バスの乗客の目線を十分に研究しているか

らに違いない。



プリティビ・ハイウェイ。

広告に目を引く企業努力は、結構成功しているようだ。

本来はアンナプルナの山並みが、この道の魅力ではあるのだが。




Can't miss it...











2015年4月15日水曜日

サティ

公共の乗り物、例えばバスや電車に乗る場合、

後から来た人は先に座った人と適度な距離を取って、

等間隔に席を埋めていくのが常だ(と日本から来た僕は思っている)。



テンプー(電動3輪タクシー)に乗っていると、そんな常識はすぐに破られる。

座席の入り口は最後尾にあるのだが、冗談かと思うほど狭い。

それにいくらか車高があるので、腰の曲がったご老人、その他多くの方々は

躊躇いもなく、すでに座っている人の膝に手をかけてヨイショと乗り込む。

時には置いたその手を軸に反転して、ぴったりと横に座る。

まだ空席があるというのに(笑)


小さなテンプーはあっという間に満席。

今起きたことを消化する前にモーターは唸り、走り出す。

みんな、人との距離が近い。



ある日、珍しく乗客が僕一人だけの事があった。

ガタガタと揺れる事に変わりはないが、

ゆったりとしたスペースで、心地よく風に当たっていると、

遠くから一人の乗客が、乗車の意志を表しつつ走ってきた。

一番後ろの席に座っていた僕は、しばしのくつろぎの終わりを覚悟する。


ところが彼は助手席側のドアをコンコンと叩き、運転手はドアを開け、素早く隣に座らせた。

するとその乗客は、今日は暑いな、明日のストは中止だ、仕事を休めなかったから

仕方なく出て来た、などと矢継ぎ早に運転手に話しかけ、一方的にしゃべり始めた。

特に知り合いという訳でもなさそうだが、運転手はにこやかにそれを聞き、

時折合いの手を挟んでいる。

あっという間に、サティ(友達)なのだ。



ネパールの国民的歌手、ナラヤン・ゴパールの歌に、「エウタ・マンチェコ(たったひとりの人の~)」

という歌がある。

つまり、「たった1人の人との友情や愛が、人生に何と大きな違いをもたらすのだろう」という

趣旨なのだが、この歌をネパールの人たちは心から愛し、時に涙する。

家族を、友人を、深く愛する彼らの心をよく表したそんな歌だ。



そういう訳かどうなのか、この国では初対面の人とも普通に会話をする文化があるという。

乗り物に乗ったなら、思ったことを隣の人に語るのも、別に珍しくはない。

政治のこと、水のこと、暮らしのこと、そして家族のこと。

話したい時、空いた席を避けて誰かの近くに座ることも、たぶん選択肢のひとつなのだろう。

みんな、サティが必要なのだ。




日本の電車で、隣の人に話しかける事のハードルがこんなにも上がったのは、

いつからだろう。

そう考えていると、誰かがまた膝に手をかけて、乗り込んできた。





空席には目もくれず、助手席に滑り込む



 

今や無二のサティ、ダンプ




















2015年4月12日日曜日

雨季の走り

6月は梅雨の日本だが、南アジアにやってくる季節風(モンスーン)は、

梅雨よりもはるかに長い雨季をもたらす。

4月の今、毎日夕方になると遠雷が聞こえ、生暖かい風が吹いて、霧雨のような雨が降ることが

多くなっている。プレ・モンスーンとでもいおうか。

今年はいつもよりもこの季節が早く訪れているようで、

霧雨を通りこした豪雨と雷で大荒れの日も時にある。



カトマンズでは、亜熱帯性気候の中で大きく大きく育つ樹が多い。

風雨に揺れる大木の様子はなかなか見応えがあるもので、

嵐が来ると毎回この世の終わりかと思われるほどの勢いだ。


しかしそんな嵐も長くは続かず、数時間経つと、大気は見事に洗われて

澄み渡る星空が楽しめる。

そんなメリハリも、この国の魅力の一つだ。

            
巨木の街、カトマンズ


アンナプルナ・サウス。トレッキングはお預けのこの季節。。















 

2015年4月8日水曜日

ボス!ダンプ!ボス!その2


毎日ドアの向こうにいる彼とは早めに折り合わないと、

外出時に毎回冷や汗をかき続けることになる。とはいえこの異国で犬に襲われた場合の厄介な手

続きを想像すると、どうしても腰が引ける。

犬は怖気づいた人間をすぐに見抜く。

この悪循環を断たねば。



そんな時、アメリカから帰国した大家さんの息子がやってきて

「ノブ、ダンプと仲良くなる鍵はだな・・・」 と言いながらビスケットを一袋手渡してくれた。


「食い物だよ。」


普段はネパールにおらず、2、3年に1度しか帰国しない彼も、

自分の事を忘れるダンプに悩んでいたらしい。

1度は咬まれたこともあると聞いて驚いた。



彼は僕を庭へ連れ出し、寄ってきたダンプに向かってビスケットを見せる。

「ボス!(座れ!)、ダンプ!ボス!」 と叫ぶと、T-REXダンプの目の色が変わる。


芝生の上に即座に座り、大根よりも大きな尻尾を千切れんばかりに振っている。

そのせいであたかも周囲に強い風が吹くようだ。

クッキーを与える前に、頭を撫でて 「ハート!(お手!)」と言うと1回で巨大なダンプとの握手に

成功した。


彼はダンプの手を握ったまま得意そうに笑い、ビスケットの持つ力を証明。

お前もやってみろと合図する。


僕は腰が引けたまま、ビスケットをやや大げさに掲げて、

「ボス!ダンプ!ボス!」 と叫ぶ。ネパール語で育ったダンプには「お座り!」は通じない。


次の瞬間、ダンプはさっきと同じように座り、子犬のような表情でビスケットを欲しがった。

「ハート!」の言葉にもすぐ応じ、巨大な前足を僕に差し出す。

「やった!」思わず出た日本語に怪訝そうな表情を見せるが、

恐る恐る頭を撫で、頬を撫で、顎をさすってやると目をつぶり、気持ちよさそうな表情になる。



数枚のビスケットを受け取ったダンプはその日から明らかに僕を友達と認め、

あの恐ろしい眼をすることは無くなった。


僕のネパール語の発音が悪いと、言う事を聞いてくれないから、

ある意味良い練習にもなっている。


恐怖の数日を終わらせたのは、たった数枚のビスケット。

誰でも克服できそうなセキュリティーホールの甘さにやや心配にはなるのだが、

少なくともこの巨大な友達と良好な関係を築けたことを、喜ぼうと思う。



                    
単純だが愛すべき…













2015年4月2日木曜日

参りますとも

カリボット、という場所へ行かなければならなかったのだが

行き方がわからない。

大体のところを人に訊いてから出かけるものの、

やはり途中でまた誰かに訊ねることになる。


縦横無尽のマイクロバス路線、行き先プレートがあったりなかったり、

目的地を叫ぶバスのカラッシー(車掌、とでもいおうか。中学生くらいの子供が多いのだが。)も

きちんとそれを発音してはくれない。というか聞き取れない。



停まって欲しいオーラを出しつつ路傍に立っていると、

バスは速やかにスピードを落として近づいてくる。

“カリボットに行くか?”バスを指さして訊いてみる。カラッシー首を振る。

次も同じ。

3台目でようやく首が横に傾く。(参照:首をかしげて)乗れと身振りで示されバスへ。


カリボットがあると思われる道で曲がらなかったので、

念のため再度“カリボットへは行くんだよね?” と確認。

カラッシー大きく首を傾けて “ジャンチャ、ジャンチャ(参りますとも)”と繰り返す。


しかし、である。(最近これが多い)

カリボットは空港までは行かない、と聞いていたので、

カラッシーが開けたドアの頭上に小型飛行機がかすめて飛んだ時、悟った。

カトマンズには“カリボット”がまだ他にもあり、僕はそこに連れて行かれるのだと。

こうなれば、そっちの“カリボット”をこの目で見てやろう、

などとつまらない意地でそのまま乗っていくことにした。(本家カリボットも知らないくせに)



15分後、特にどうということもない、工事中の広い道路の広がる“カリボット”に降り立ち

どうやって帰ろうかと考える僕がいた。



発音は通じるようになっても、まだまだ街のことを分かっていないから

こんなことになる。

適当に乗ったテンプーは馴染みの街へ。
無事に帰れましたとさ。



2015年3月28日土曜日

ボス!ダンプ!ボス!その1


ネパールだけの話ではないが、

大家さんが自分の住宅の一部分を、フラットとして貸しているケースが多くある。

我が家も最近そんな場所に越してきた。


大家さんの敷地に出入りする人は多く、

フラット住まいの我々はその中の一員のように感じる事がある。

プライバシーが無いように見えるかも知れないが、

新しい人間関係に溶け込み、笑顔であいさつし、言葉を交わすことが、

1日を自然と明るく健全なものにしてくれる。


しかし、である。

人間関係ならぬ大家さんの飼い犬との関係には、正直やや怖気づいた。

巨大なオスのシェパード「ダンプ」は、立ち上がれば僕の肩に手(前足か)をポンと置けるほど

大柄で、なんだか瞳孔が小さめで金色に見えるその眼は、ジュラシックパークのT-REXを彷彿とさ

せる、と言っても過言ではない(過言かも知れないが。)。


かつて僕らが育った時代の犬は、見知らぬ人には吠え猛り、

飼い主が抑えようが叱ろうが、退治するのはこの俺だと言わんばかりで

最強の防犯ツールとしての役割を担っていたと思う。


ダンプはそんな番犬の古典的役割を期待されて育っている。

(ネパールで犬を飼うとは往々にしてそういう事だ。)

初日、恐る恐る声をかけた時の彼の唸り声は忘れることができない。

2m先からでも地面を伝わる、巨体に反響する低い声は、ジュラシックパークのT-REXを彷彿とさ

せる、と言っても過言ではない(過言かも知れないが。)。

で?

<続く・・・>

















 

2015年3月26日木曜日

アンナプルナの山々に8



予期していたほどの筋肉痛はなく、

目覚めは爽快だった。

今の時期のカトマンズでは感じることのない冷気。

大きく伸びをして起き上がり、2つの肺のすみずみに空気が入るイメージをしながら

窓際で深呼吸をすると、意識が急にしっかりとする。

宿の前の道を、背中に荷を満載したロバの行列が駆け抜ける。


コーヒーと、トーストと、スクランブルエッグ。

手作りのジャムとバターで頂いてさらに目が醒めた。

ディパックが笑顔で数字を言いながら請求書を作る。

お金を渡し、握手をするとその手を離さないまま話し続ける。

今日は登りのきつい石段があるからあまり無理をせず、

疲れたらポニー・サービスもあるよ。1人120ドルだけど、ワハハ!

などと相変わらずのディパック節に元気をもらう。

“フェリ・アウノス!(また、来てくれよ)、ナマステ!”



今日は一番の長丁場、ゴレパ二の街へと足を踏み出す。

ピークを越えると最初のヒマール(白く雪を被った山)が見えるはずだ。




カウベルならぬロバベル?がカランカランと山間に響く











 

2014年3月8日土曜日

アンナプルナの山々に7



心もとない作りの階段がたわむ。



冷たい手すりを握ったまま、凄まじい数の星にただ目を奪われた。


ハワイ島・マウナケア山で観た星の2倍とは大げさだが、

白い素地に黒い点が散らばっていると言っても過言ではないと思う。

妻を呼ぼうと思っても、暗闇の中で目に集中した神経は、声を出す力さえ分けてくれない。


深く息をしても鼓動は強く、階下の宴会の声よりも頭に響く。






やっとの思いで部屋へと戻り、手招きで呼び寄せて妻と二人、空を眺めた。

これ以上の空を、次に見れるのはいつか。

圧倒的な、圧倒的な宇宙を前に、

本当に小さくて、短い自分の人生を思う。


 

2012年10月21日日曜日

イミグレの憂鬱





ここに来た時はいつも、

自分が他所から来た人間であることを強く意識させられる。

ネパールのイミグレーションオフィス(移民局)。

ビザ更新や切り換えのために、これまで数回訪れている。




特に理由もなく“来週また来い”とか、

長時間並んだのに、目の前でカウンターが閉じるとか、

どんな理不尽を目にしても、ここではみんな大人しい。

とにかくビザを貰わなくてはいけないから。




やや言葉をはばかりながら言うと、

残念ながらネパールの役人さんたちの多くは、

正直さやプロ意識をすっかりお忘れになっていて(笑)、

“居住”という最低限度の権利を望む外国人たちに、

結構大胆に正規料金「以外」のものを公然と要求したりする。



これだけ払えば順番を早くしてあげるよ、とか、

書類の不備も見逃してあげるよ、など

座っているだけで、彼らにとってのいわゆる“チャンス”が

いくらでもやってくる。





ある国の人たちは、微塵の躊躇いもなくそれに応え、

輝くビザのシールにオフィサーのサインを手に入れる。

行列する皆が見守るなか、えんじ色のパスポートを鞄に仕舞い、

彼らは真っ先にここを去っていく。




誰かが抗議をする訳でもなく、

いくらかの羨望と失望が入り混じった空気が流れるだけだ。






ネパールとなると、人種のバラエティに加えて

そのメンツもユニークになる。


自分探し系の若者はもちろん、

腕っぷし屈強な山岳おじさん系、

トレッキングを続ける、ブロンドのお洒落な山ガール(古い?)系、

白くて長い髭を蓄えた、よれよれのタンクトップのヒッピー仙人系。




あらゆる人種の、これまたいろんなタイプのヒトビト。




その全員が一様に大人しく、時に歯をくいしばり(笑)、

印象よく笑顔を浮かべようとする絵はなかなか得難いものだなぁ、

などと考えながら、ここでの憂鬱を紛らわしている。





悲喜こもごもの、移民局



           








 

2012年10月14日日曜日

カトマンズで、石窯ピザを



用事が終わり、いくらか時間があったので、

前から気になっていたイタリアンレストラン “Roadhouse Cafe” に行ってみた。


ウォルナットか、落ち着いた色の床と調度品に

ここがネパールであることをちょっと忘れてしまう。


客のほとんどは欧米からの人々で、

街中よりもリラックスした顔で、もぐもぐ食べながら

一生懸命英字新聞を読んでいる。

彼らにとっての、“普段” を味わっているように見える。





バーカウンターも




日差しを歩いて疲れたところで、

冷たいビールを頂いて、席からよく見える石窯で焼いたピザが出てくる。



バジルの香りもしっかり。香ばしいチーズにコシのあるピザ生地。

オリーブの実に詰まった酸味も、快い。


ソースの味も、嫌味のない自然なものだ。


街の食堂で「ピザ」と銘打ってあるそれとは

全く違う、本当に美味しいマルガリータ。



蒸したチキンを削いで、新鮮なトマトや青野菜と巻いた、

“チキンラップ”なるものをドレッシング風のソースにつけて齧る。




歩いたあとのビールは、こたえられない。

焼きたて、直径30cm。




この国で必ず入る香辛料とは

一切関係のないひと時。


たまにはいいもんである。




後発国であっても、ここは人口300万の首都。

もちろん日本ほどではないものの、

外国人を楽しませるものは結構何でも揃っている。







13%の税金も、もれなくついてくるけれど。




これを見ながら食べるのも、楽し。











 

2012年10月12日金曜日

鳴いているのは




カトマンズには野生のリスが街中にふつうに住んでいて、

時々電線や木の枝をすばやく走っているのを見かける。



一度始めると結構長い時間、鳴き続ける。



でも実を言えば、最近までそれがリスの声だとは全く知らず、

どんな鳥が鳴いているのか何とか見届けたいと思っていた。



ある日の午後にも、声が聞こえたから、

その木を改めて、凝視してみた。


1秒ほどの間隔を置きながら「キャン!・・・キャン!」という声。

それと、大きな尻尾がシンクロしながら揺れているのが見えた。


望遠レンズで覗いてみれば、その正体はリスだったという訳だ。





別の場所にいる仲間への呼びかけか、異性へのアピールか。

その目的はわからないけれど、

距離にしてここから30か40mもあるのに、

小さい身体から出る甲高い音は、とにかくしっかり届いてくる。



餌付けなんかは、できるのだろうか。

チャンスがあれば今度はもう少し近くで、撮影してみたい。




鳴くたびに、尻尾が上に大きく上がります。
 











 

2012年10月3日水曜日

ハジュール!




この国にきて以来、「ハジュール」という言葉を聞かない日はない。




定義はとても難しい。


名前を呼びかけると、相手は答える。「ハジュール!(はい)」


「元気ですか?」 「ハジュール!(元気です)」

電話を取って最初の一言、 「ハジュール!(もしもし)」



「いい天気ですね。」  「ハジュール!(そうですね)」

「この先をこう行って・・・」 「ハジュハジュ(はいはいなるほど)」 

「それから右に曲がって・・・」 「ハジュール(了解)。ダンネバー。」という相槌にも。



相手の言う事が聞こえなかったときに、 「ハジュール?? (いま何と?)」と訊き返し、


店先で 「ハジュール!(誰か)」と呼びかければ、中から店主がやってくる。





意味を持つ言葉であると同時に、合いの手や、記号のようでもある。

独特の機能を持った言葉だ。



使い方を覚えた僕は、妻への返事に最近これを使っている。

仰せつかる用事に、いろいろな思いを込めながら(笑)。



「クロちゃん!」


「ZZZ・・・ハジュール?」















 





 

2012年9月13日木曜日

季節は2つ





四季のある日本にいると、

季節の変化の“兆し”に触れる機会が、年に4度はあるわけで、

それに対する直感も経験も養われるようだ。

ちょっとした朝晩に冷えを感じて、もうすぐ寒くなりそうだとか

日差しの柔らかさを見て、春も近いだとか。

それなりに予想は当たり、心と身体はそれに備える。







雨季の終わりが近い、と自分なりに感じ始めてしばらく経つのに

いまだ雨は続く。

カトマンズに住むようになってからは、勘も鈍っているようで、

あまり予測が当たらない。

ちょっとした変化をわざわざ捉えてみても、

大して意味がないようで。




では数値化しよう、とカトマンズの天気図をネットで探してみた。

そして気圧の表示を2度、見直す。



「862.2HP」 



・・・この国の表示はどうかしているのかと思ったが、

冬場の気圧も遡れるので見てみると、「1018HP」あたりで推移している。普通だ。




これでは最近沖縄を通った巨大台風の中心気圧よりもずっと低い。

海がないからいいけれど。



調べてみると、西アジアにできる低気圧と、

カトマンズの標高(約1400m)とが相まって、こんな数値になるらしい。




僕は毎日、強烈な台風の目の中で暮しているのか。

急に人間の身体の適応能力に感心し、

自分の手を見つめてしまう(笑)




雨季か、乾季か。季節は2つ。


細かい変化に気付くような風流はないけれど、

この気圧が少しずつ上がって、屋台の果物がまた変わる時、

乾季に向かっていることを、感じるのだろうか。




そういえば、虹も多いこの頃。








今の旬はザクロ、リンゴ、そして梨。
バナナはいつでも。










 

2012年9月8日土曜日

街のこと - リングロード





京都は「碁盤の目」と言われる四角い街。

カトマンズは、なんとなく「卵型」。


その形に沿って全長約27kmの「リングロード」と呼ばれる道が走っている。

幅は大きいところで40mくらいだろうか。

名前の通りのリングだから、走り続ければいつか同じところに戻って来れる。

つまり、このリングロードをたどっていくと、カトマンズの大抵どこにでも行けてしまう。

もちろんショートカットは幾らでもあるけれど。



リングロードを南北縦に割る、通称「5番道路」があり、


その道とリングロードの最北の交点は、「チャクラパット」*と呼ばれている。


南東角からすこし南に巨大なアメリカ大使館、

北東にはカトマンズきっての大型スーパー「バトバティーニ・スーパーストア」がある。

カトマンズでは知らない人はいません。
ホコリまみれの看板ですが。
http://www.gosur.com/en/point/99054/




市内各方向にバスが発していて、いわゆる「交通の要衝」と言える場所だ。

西に行けば、お馴染みの世界遺産、仏塔「スワヤンブナート」(スウェンブー)、

東に行けばトリブヴァン国際空港方面へ。 

やがて2つの道はリングロードの南端、「パタン」という街で出会う。

市内の要所要所で、大きな道と交差しては、

それぞれに繁華な商業地区を作り出す。






車線はいくつ?という問いはほぼ無意味で、

速い奴らが前に出るデッドヒートがいつもある。


車検という概念のないエンジンからは真っ黒な煤煙、

弱い路面と未舗装の路肩からいつも凄まじい埃が舞い上がる。


挑発か威嚇か、クラクションの応酬に目がくらむ。

微妙な左右への蛇行にアップダウン、突如現れる大きなへこみに、

バスの乗客としては一瞬たりとも気は休まらない。

降りた時の安堵感といったら。



そして悠然と歩く牛たちに、交通社会のリズムは乱される(笑)




Google マップの色合いは世界各国同じだけれど、

現場はかなり、シビアなのです。

夕方ラッシュのチャクラパット。
バス、車、バイク、自転車に歩行者ときどきリキシャ。
ホコリ、ほこり、埃。
何とかならないものか。







我が家の屋上から。
画面中央、左右に走る木々が、リングロード路肩の植え込み。




*ネパール語で“リング(輪)”は“チャクラ”、“ロード(道)”は“パット”。
 

 つまり、リングロードをネパール語で「チャクラパット」と言う。

 正式名称は「ナラヤン・ゴパール・チョーク」。

 国民的歌手にちなんだ名前とか。
 

  

 リングロードの中でも代表的な交差点(チョーク)であることがその所以と思われる。
 

 京都の長い河原町通りも、四条、三条あたりを「かわらまち」と呼ぶように。

 
 

 
 
 

 

 


















2012年9月5日水曜日

アンナプルナの山々に5




宿の皆が食事を終えるころ、

厨房の中でネパール人たちが

ネパールの地酒ロキシ―を片手に盛り上がる。



明日の朝食メニューを見に行っただけの僕は、彼らに即座につかまって、

自家製のロキシーをあてがわれて座る。

少し荒削りな米焼酎のような味。でもやわらかくて香ばしくて、すぐに好きになった。



ディパックは皆の真ん中で楽しそうに話し、

時に踊るような大きな身振りとオチで笑わせる。



うまくいっていないビジネスをネタにしているようだ。

心から楽しそうに。

そんな気持ちとみんなの笑う声が部屋に充満していて、

冷え込むヒマラヤの夜もここだけは暖かく、ゆっくり時間が流れる。


各国のトレッカーたちのリラックスもいろいろで、

ドイツの青年たちは素早くベッドにもぐったのか、部屋から物音ひとつもしない。



アメリカ人カップルは、屋外のテーブルで二人、温かいロクシーを飲みながら、

「ショウチュウに、ウメボシいれて飲みたい」などと言っている(笑)

日本で住んでいたことがあるとか。



ネパール人たちはお酒がすすんでくると、なぞなぞを言い合ったり、

おバカな話でゲラゲラ笑い、大盛り上がりするのが好きだ。



ひとしきり笑い、明日のコースを確かめあうと、さすがに眠気がやってきた。

明日は朝の7時発。寝よう。



その数秒後。

2階に上がる階段で、

満天の星に、息をのむ。



宿の庭で。

  
 


石の屋根瓦。留めるための楔(くさび)まで石でできています。
 

宿から見下ろすと、ミュール(馬とロバの掛け合わせ)
周りが静かだから、2階まで草を食む音がはっきり聞こえます。









 

2012年8月23日木曜日

時計をのぞけば





街を歩いてふと時間が気になり、

袖をまくって時計を見た瞬間、すれ違うおじさんが何か話しかけてきた。

何を言ったかすぐにわからず、訊き直すと、



「いま何時?」



「え?2時だけど・・・。」 

おじさん、頷いてそのまま立ち去る。




今日も雨のなか、すれ違いざまに時間を訊かれる。

もちろん時計を見た直後にだ。



そしてまた午後にも、時計をのぞいたその刹那、

「何時?今。」 

こちらをじっと見つめてる。


さすがに面白くて、つい笑いながら教えてあげた。



「すみません・・・」から始める訳でもなく、

時間を訊ねるにあたっては、何の躊躇いもない。



みんながみんな、時計を持っているわけではないから、

「公」の情報は共有すべきとの意識、だろうか(笑)




そういえば子供のころ、道行く大人に時刻を尋ねたことが、

あったような、無かったような・・・。



テンプーの中、妻と記憶をたどってみる。




ヒマールが、帰ってきた!







2012年8月8日水曜日

アンナプルナの山々に4



ティルケドゥンガ(ティケドゥンガとも)までの道のりは、

比較的整備の行き届いたトレイルで、

少しばかりの体力と、初日特有の興奮があれば、乗り切れる。




オタマジャクシの少年に別れを告げると、

道の勾配が少しついてきた。

川も眼下に流れ出す。



砂利道はやがて石畳に、時折階段のようになり、視界の両脇には

濃い緑色の棚田が続く。

急斜面に、小刻みに作ってあるから

西日が差してできた影が、くっきりと縞模様になって見える。

目に癒し。



途中に茶店がいくつもあり、


さっき追い抜かれたグループの休憩を横目に、また僕らが前に出る。


次の休憩で、抜かれる。


お互い何となく顔見知りになって、軽く手をあげて挨拶をする。



そんなことを幾度と繰り返して、昼の3時頃だろうか、

ちょうどいい高さの石のベンチに腰かけていると、野球帽をかぶった小柄な男性が近づいてきた。


彼の、笑顔でゆっくりとした話しぶりに、引き込まれる。




今日はどこから来たんだい?どこまで歩く予定?




たどたどしくネパール語で答えると、彼は一層笑顔になって、

いろいろな事を訊ねてきた。


アンナプルナは何回目?

日本にはこんな山はあるのかい?山登りをする人は多いのかい?

ベースキャンプへは行くのかい?

この旅の目的地は?


矢継ぎ早なのに、ゆったりとしているのはなぜだろう。

気が付くと、ずいぶん長く彼と会話を続けていた。




彼は言う。

この先のヒレまで行くと日が暮れるし、

このあたりは景色もいい。

今日もしこの辺で泊まるなら・・・とにこやかに、僕らの背後にあるロッジを指さした。

「僕の、宿なんだ。僕の名前はディパック・シェルパ。」





こんな呼び込み、はじめてだ。長い会話のその後に、結論が待っていた(笑)。

陽は傾いて、涼しい夕風が吹いている。

断る理由はひとつもなくて、妻と顔を見合わせて笑った後は、

彼の後について、2階端の部屋へと案内された。



設備のひとつひとつを指さしながら、


丁寧に説明してくれる。さっきの会話と同じ速さで。


シャワーやトイレの場所、食事の時間に洗濯のこと。


話し終わると彼はまた、「ゆっくり休んでね」とにっこり笑い、

階下の厨房に、入っていった。



靴を脱いで、ベッドに腰かけて伸びをして、そのまま後ろに倒れ込む。

細い角材を組んで、ベニヤを貼って、白く塗る。古くて、ごく簡易なロッジではあるけれど、

これまでたくさんのトレッカーを迎えてきた歴史は、しっかりと刻まれている。



期待を超える温度のシャワーを浴びて部屋に戻ると、

2階も、1階も、全部の部屋が埋まっていた。



ディパック・シェルパの宿、満員御礼。


ロッジ全景・・・味があるのです。
ぎしぎしへこみはしますが・・・味があるのです。




味のある、看板。



 

ささやかな、夕食。一応「春巻」とのこと。
うまかった!
脱いだ瞬間、報われました。








2012年8月4日土曜日

アンナプルナの山々に3



いくつかのロバの隊商とすれ違い、

山道を行き交う人々の姿にも慣れてくると、だんだん目新しいものを観たくなる。







そんなタイミングで、道はやがて崖下に近づいて、

流れている川に沿って歩くようになった。


カトマンズを流れる川とはまったく違う透明な、まさに清流だ。

子供たちが水着も付けずにダイブを繰り返し、大はしゃぎで遊んでいる。

しばらく進むと、腰に魚籠をつけて何やら捕まえている少年を見かけた。

爽やかな、ドヤ顔(笑)
大漁です。





























名前、年齢、住んでいるところを訊ねることは、何とかできた。



16歳。学校に通うというけれど、


僕らが歩いてきたあの長い道を行ったり来たりしているとか。

トレッキングなど、無意味に思える(笑)




そして獲物。

籠の中を見るとそこには魚・・・ではなく無数のオタマジャクシ!

今夜のおかずにするという。嬉しそうだ。うちに食べにおいでと言ってくれた。



ネパールの人たちは、決して建前ではなく、

我が家へ来てごはんを食べないかと誘ってくれる。

気持ちは嬉しいが、さすがに両生類は・・・。




本当はスケジュールなどないくせに、

先を急ぐ、と僕は建前を使わせてもらう。



水牛、というだけあって水と地上との区別がまったくないようです。

話している僕らの間に悠然と割り込み、川に入っていきました。








一緒に写真を撮ったので、

送るにはどうしたらいいかと尋ねる。


メールアドレスを訊ねると、その概念すら解らない様子だった。

そんな地域も残されているのだ。


きっと将来、彼がPCやネットに触れる日が来ると信じて、

僕のアドレスを残しておいた。



いつかもしメールが届いたら、

それは彼にもネット時代が来たことを知る時だ。




「今度いつ会えるか」と寂しそうに彼が言った時、


またアンナプルナに来たい、と思った。



まだトレッキング初日なのに(笑)。



世界各国から、トレッカーたちが。おもに中年が多いかな。
あ、僕もか。




2012年7月30日月曜日

アニーシャの歌声




階段を登りながら、降りながら。

空に昇っていくような、本当にのびやかな歌声で、

我が家の前をいつも通っていく女子学生がいる。



紅茶の産地、イラムからやってきたアニーシャだ。

国立トリブヴァン大学に通っている。


小さな村から、しかも女性では珍しい工学部の学生で、

驚くほど流暢な英語を話すところを見ると、かなり優秀なんだろうけど、

気取ったところが微塵もなくて、いつも明るい笑顔で近づいてくる。




ある時妻が、日本のカレーを食べないかと誘うと、

いとこのスナム君と一緒に来てくれた。




屈託のない2人と楽しい会話ではずむ合間にも、

アニーシャは綺麗な歌声でハミングをしている。

本当に歌が好きなのだ。





一度ここで、好きな歌を歌ってみてよとお願いしてみると、

急にはにかんで躊躇う。



そして短い説得(笑)の後、彼女は呼吸を整えて、

ネパールの古い歌を静かに歌い始める。少しばかり震える声で。



やがて歌声はしなやかに安定し、ひんやりした夜の空気に響きはじめる。




絵が、見えるのだ。

少し翼の大きな鳥が、おおらかに滑空をしたかと思うと、

すばやく高度を上げてはまた、降りてくる。

時にすばやく、時にゆるやか。変幻自在とはこのことだ。

流線の体に、一切の空気抵抗も感じずに、目の前を流れ飛んでいくような。

後ろには、ヒマラヤ。曇りのない、夕焼けの空を想わせる。




少しばかりわかるようになったネパール語を追いかけるのをもう止めて、

ただ見飽きることのない映像に、僕らは言葉も出なかった。




歌い終われば、彼女はいつもの笑顔で恥ずかしそうに笑う。




食事の後、彼らは今度故郷のイラムに一緒に来ないかと、誘ってくれた。




彼らが「楽園」と呼ぶその村で、この歌声を聴いてみたい。



雨季の晴れ間の、澄んだ空。




















2012年7月22日日曜日

クロちゃん



最近、犬を飼い始めた。




とは言っても、野良犬の1匹に名前をつけただけなのだけど。








クロちゃんがアパートの踊り場に泊まりに来るようになって、しばらく経つ。





3ヶ月ほど前のある夜、家の扉が何かに引っかかって開かないので、


無理やりドアを開ける。


何か黒くて丸いものがズルズル、と向こうへ動いたかと思うと、

暗闇の中でのそりと立ち上がり、面倒くさそうにこっちを見ている。

こちらはぎょっとするのだが、また何事もなかったように、身体を丸めて寝てしまった。

・・・以来のことだ。




極めてもの静かなタイプで、近所でもずいぶん愛されている。

餌をもらってはいろんな家の前で、番犬の“フリ”のバイトをしている。



けれど帰ってくる僕らを見つけると、耳と尻尾を静かに振りながら、一緒についてくる。

雨季の今は何より、雨をしのぐ屋根が大事な訳で、

誰と仲良くすれば良いか、じゅうぶんに心得ているからだ。




いくらか遠慮がちで、吠えもせず、困った顔で見つめられると、

僕らはスーパーで思わず、“ぺディグリーチャム”なんかを買ってしまったりしてしまう。





そうこうしていると、茶色の可愛い彼女を連れてきた。

 数メートルの距離を置いて、上目づかいで、

あのぅ、できればこの娘も泊めてやって欲しいなぁ、というアピールを静かに始める。


あっ、でも無理ならいいんです、

別のところで寝ますから的な「引き」も忘れないから、こっちも辛い。




しなやかに生きるカトマンズの犬たちに、

今のところやられっぱなしの、妻と僕。


今日もふらりとやってきて・・・



重力に、すべてをゆだねる。大の字ではなく、「ヒ」の字になって。