階段を登りながら、降りながら。
空に昇っていくような、本当にのびやかな歌声で、
我が家の前をいつも通っていく女子学生がいる。
紅茶の産地、イラムからやってきたアニーシャだ。
国立トリブヴァン大学に通っている。
小さな村から、しかも女性では珍しい工学部の学生で、
驚くほど流暢な英語を話すところを見ると、かなり優秀なんだろうけど、
気取ったところが微塵もなくて、いつも明るい笑顔で近づいてくる。
ある時妻が、日本のカレーを食べないかと誘うと、
いとこのスナム君と一緒に来てくれた。
屈託のない2人と楽しい会話ではずむ合間にも、
アニーシャは綺麗な歌声でハミングをしている。
本当に歌が好きなのだ。
一度ここで、好きな歌を歌ってみてよとお願いしてみると、
急にはにかんで躊躇う。
そして短い説得(笑)の後、彼女は呼吸を整えて、
ネパールの古い歌を静かに歌い始める。少しばかり震える声で。
やがて歌声はしなやかに安定し、ひんやりした夜の空気に響きはじめる。
絵が、見えるのだ。
少し翼の大きな鳥が、おおらかに滑空をしたかと思うと、
すばやく高度を上げてはまた、降りてくる。
時にすばやく、時にゆるやか。変幻自在とはこのことだ。
流線の体に、一切の空気抵抗も感じずに、目の前を流れ飛んでいくような。
後ろには、ヒマラヤ。曇りのない、夕焼けの空を想わせる。
少しばかりわかるようになったネパール語を追いかけるのをもう止めて、
ただ見飽きることのない映像に、僕らは言葉も出なかった。
歌い終われば、彼女はいつもの笑顔で恥ずかしそうに笑う。
食事の後、彼らは今度故郷のイラムに一緒に来ないかと、誘ってくれた。
彼らが「楽園」と呼ぶその村で、この歌声を聴いてみたい。
雨季の晴れ間の、澄んだ空。 |