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2015年4月21日火曜日

壁面広告+α

カトマンズから、リゾート地のポカラへ向かう道で、いつも興味深く思う事がある。

広告のスタイルだ。

ハイウェイ(といっても別に高架に乗っているわけではないし、料金もかからない

普通の道なのだが) 沿いに建つあらゆる家の壁の側面いっぱいに、

企業や製品の広告がペンキでべったりと描かれている。

塗料やセメント、ウイスキー、一番多いのはネパールの携帯電話最大手「Ncell」のもの。

進行方向に対してちょうどバスの窓からよく見えるようになっている。



ただ、商店の壁ならあまり不自然さは感じないが、商売などしていない

普通の民家だったり、牛の飼われている小屋だったり、個人所有の建物

割り切ってあれほど大きな広告に使い切ってしまうのは新鮮だ。





「マルチ」ブランドのセメント広告




最新技術と伝統のコラボ?



どんな隙間にも入り込むたくましさは常々感じてきた。

しかし今度は壁ではなく、Ncellのイメージカラーで、

とある集落の家の屋根をすべて統一しているのには驚いた。

Ncell村である。住民をよく説得したものだと思うが。
                    




よく見ると統一を拒んだ家も・・・





これだけではない。


ハイウェイは基本的に川沿いを走る。

流れ込む支流にかかる橋を渡る時、広い河原に目を送ると、そこにある巨大な岩盤にも、

ド派手な全面広告が施されているのだ。

無理なく視線を送った場所に広告があるのは、バスの乗客の目線を十分に研究しているか

らに違いない。



プリティビ・ハイウェイ。

広告に目を引く企業努力は、結構成功しているようだ。

本来はアンナプルナの山並みが、この道の魅力ではあるのだが。




Can't miss it...











2015年4月15日水曜日

サティ

公共の乗り物、例えばバスや電車に乗る場合、

後から来た人は先に座った人と適度な距離を取って、

等間隔に席を埋めていくのが常だ(と日本から来た僕は思っている)。



テンプー(電動3輪タクシー)に乗っていると、そんな常識はすぐに破られる。

座席の入り口は最後尾にあるのだが、冗談かと思うほど狭い。

それにいくらか車高があるので、腰の曲がったご老人、その他多くの方々は

躊躇いもなく、すでに座っている人の膝に手をかけてヨイショと乗り込む。

時には置いたその手を軸に反転して、ぴったりと横に座る。

まだ空席があるというのに(笑)


小さなテンプーはあっという間に満席。

今起きたことを消化する前にモーターは唸り、走り出す。

みんな、人との距離が近い。



ある日、珍しく乗客が僕一人だけの事があった。

ガタガタと揺れる事に変わりはないが、

ゆったりとしたスペースで、心地よく風に当たっていると、

遠くから一人の乗客が、乗車の意志を表しつつ走ってきた。

一番後ろの席に座っていた僕は、しばしのくつろぎの終わりを覚悟する。


ところが彼は助手席側のドアをコンコンと叩き、運転手はドアを開け、素早く隣に座らせた。

するとその乗客は、今日は暑いな、明日のストは中止だ、仕事を休めなかったから

仕方なく出て来た、などと矢継ぎ早に運転手に話しかけ、一方的にしゃべり始めた。

特に知り合いという訳でもなさそうだが、運転手はにこやかにそれを聞き、

時折合いの手を挟んでいる。

あっという間に、サティ(友達)なのだ。



ネパールの国民的歌手、ナラヤン・ゴパールの歌に、「エウタ・マンチェコ(たったひとりの人の~)」

という歌がある。

つまり、「たった1人の人との友情や愛が、人生に何と大きな違いをもたらすのだろう」という

趣旨なのだが、この歌をネパールの人たちは心から愛し、時に涙する。

家族を、友人を、深く愛する彼らの心をよく表したそんな歌だ。



そういう訳かどうなのか、この国では初対面の人とも普通に会話をする文化があるという。

乗り物に乗ったなら、思ったことを隣の人に語るのも、別に珍しくはない。

政治のこと、水のこと、暮らしのこと、そして家族のこと。

話したい時、空いた席を避けて誰かの近くに座ることも、たぶん選択肢のひとつなのだろう。

みんな、サティが必要なのだ。




日本の電車で、隣の人に話しかける事のハードルがこんなにも上がったのは、

いつからだろう。

そう考えていると、誰かがまた膝に手をかけて、乗り込んできた。





空席には目もくれず、助手席に滑り込む



 

今や無二のサティ、ダンプ




















2015年4月12日日曜日

雨季の走り

6月は梅雨の日本だが、南アジアにやってくる季節風(モンスーン)は、

梅雨よりもはるかに長い雨季をもたらす。

4月の今、毎日夕方になると遠雷が聞こえ、生暖かい風が吹いて、霧雨のような雨が降ることが

多くなっている。プレ・モンスーンとでもいおうか。

今年はいつもよりもこの季節が早く訪れているようで、

霧雨を通りこした豪雨と雷で大荒れの日も時にある。



カトマンズでは、亜熱帯性気候の中で大きく大きく育つ樹が多い。

風雨に揺れる大木の様子はなかなか見応えがあるもので、

嵐が来ると毎回この世の終わりかと思われるほどの勢いだ。


しかしそんな嵐も長くは続かず、数時間経つと、大気は見事に洗われて

澄み渡る星空が楽しめる。

そんなメリハリも、この国の魅力の一つだ。

            
巨木の街、カトマンズ


アンナプルナ・サウス。トレッキングはお預けのこの季節。。















 

2015年4月8日水曜日

ボス!ダンプ!ボス!その2


毎日ドアの向こうにいる彼とは早めに折り合わないと、

外出時に毎回冷や汗をかき続けることになる。とはいえこの異国で犬に襲われた場合の厄介な手

続きを想像すると、どうしても腰が引ける。

犬は怖気づいた人間をすぐに見抜く。

この悪循環を断たねば。



そんな時、アメリカから帰国した大家さんの息子がやってきて

「ノブ、ダンプと仲良くなる鍵はだな・・・」 と言いながらビスケットを一袋手渡してくれた。


「食い物だよ。」


普段はネパールにおらず、2、3年に1度しか帰国しない彼も、

自分の事を忘れるダンプに悩んでいたらしい。

1度は咬まれたこともあると聞いて驚いた。



彼は僕を庭へ連れ出し、寄ってきたダンプに向かってビスケットを見せる。

「ボス!(座れ!)、ダンプ!ボス!」 と叫ぶと、T-REXダンプの目の色が変わる。


芝生の上に即座に座り、大根よりも大きな尻尾を千切れんばかりに振っている。

そのせいであたかも周囲に強い風が吹くようだ。

クッキーを与える前に、頭を撫でて 「ハート!(お手!)」と言うと1回で巨大なダンプとの握手に

成功した。


彼はダンプの手を握ったまま得意そうに笑い、ビスケットの持つ力を証明。

お前もやってみろと合図する。


僕は腰が引けたまま、ビスケットをやや大げさに掲げて、

「ボス!ダンプ!ボス!」 と叫ぶ。ネパール語で育ったダンプには「お座り!」は通じない。


次の瞬間、ダンプはさっきと同じように座り、子犬のような表情でビスケットを欲しがった。

「ハート!」の言葉にもすぐ応じ、巨大な前足を僕に差し出す。

「やった!」思わず出た日本語に怪訝そうな表情を見せるが、

恐る恐る頭を撫で、頬を撫で、顎をさすってやると目をつぶり、気持ちよさそうな表情になる。



数枚のビスケットを受け取ったダンプはその日から明らかに僕を友達と認め、

あの恐ろしい眼をすることは無くなった。


僕のネパール語の発音が悪いと、言う事を聞いてくれないから、

ある意味良い練習にもなっている。


恐怖の数日を終わらせたのは、たった数枚のビスケット。

誰でも克服できそうなセキュリティーホールの甘さにやや心配にはなるのだが、

少なくともこの巨大な友達と良好な関係を築けたことを、喜ぼうと思う。



                    
単純だが愛すべき…













2015年4月2日木曜日

参りますとも

カリボット、という場所へ行かなければならなかったのだが

行き方がわからない。

大体のところを人に訊いてから出かけるものの、

やはり途中でまた誰かに訊ねることになる。


縦横無尽のマイクロバス路線、行き先プレートがあったりなかったり、

目的地を叫ぶバスのカラッシー(車掌、とでもいおうか。中学生くらいの子供が多いのだが。)も

きちんとそれを発音してはくれない。というか聞き取れない。



停まって欲しいオーラを出しつつ路傍に立っていると、

バスは速やかにスピードを落として近づいてくる。

“カリボットに行くか?”バスを指さして訊いてみる。カラッシー首を振る。

次も同じ。

3台目でようやく首が横に傾く。(参照:首をかしげて)乗れと身振りで示されバスへ。


カリボットがあると思われる道で曲がらなかったので、

念のため再度“カリボットへは行くんだよね?” と確認。

カラッシー大きく首を傾けて “ジャンチャ、ジャンチャ(参りますとも)”と繰り返す。


しかし、である。(最近これが多い)

カリボットは空港までは行かない、と聞いていたので、

カラッシーが開けたドアの頭上に小型飛行機がかすめて飛んだ時、悟った。

カトマンズには“カリボット”がまだ他にもあり、僕はそこに連れて行かれるのだと。

こうなれば、そっちの“カリボット”をこの目で見てやろう、

などとつまらない意地でそのまま乗っていくことにした。(本家カリボットも知らないくせに)



15分後、特にどうということもない、工事中の広い道路の広がる“カリボット”に降り立ち

どうやって帰ろうかと考える僕がいた。



発音は通じるようになっても、まだまだ街のことを分かっていないから

こんなことになる。

適当に乗ったテンプーは馴染みの街へ。
無事に帰れましたとさ。



2015年3月28日土曜日

ボス!ダンプ!ボス!その1


ネパールだけの話ではないが、

大家さんが自分の住宅の一部分を、フラットとして貸しているケースが多くある。

我が家も最近そんな場所に越してきた。


大家さんの敷地に出入りする人は多く、

フラット住まいの我々はその中の一員のように感じる事がある。

プライバシーが無いように見えるかも知れないが、

新しい人間関係に溶け込み、笑顔であいさつし、言葉を交わすことが、

1日を自然と明るく健全なものにしてくれる。


しかし、である。

人間関係ならぬ大家さんの飼い犬との関係には、正直やや怖気づいた。

巨大なオスのシェパード「ダンプ」は、立ち上がれば僕の肩に手(前足か)をポンと置けるほど

大柄で、なんだか瞳孔が小さめで金色に見えるその眼は、ジュラシックパークのT-REXを彷彿とさ

せる、と言っても過言ではない(過言かも知れないが。)。


かつて僕らが育った時代の犬は、見知らぬ人には吠え猛り、

飼い主が抑えようが叱ろうが、退治するのはこの俺だと言わんばかりで

最強の防犯ツールとしての役割を担っていたと思う。


ダンプはそんな番犬の古典的役割を期待されて育っている。

(ネパールで犬を飼うとは往々にしてそういう事だ。)

初日、恐る恐る声をかけた時の彼の唸り声は忘れることができない。

2m先からでも地面を伝わる、巨体に反響する低い声は、ジュラシックパークのT-REXを彷彿とさ

せる、と言っても過言ではない(過言かも知れないが。)。

で?

<続く・・・>

















 

2012年10月21日日曜日

イミグレの憂鬱





ここに来た時はいつも、

自分が他所から来た人間であることを強く意識させられる。

ネパールのイミグレーションオフィス(移民局)。

ビザ更新や切り換えのために、これまで数回訪れている。




特に理由もなく“来週また来い”とか、

長時間並んだのに、目の前でカウンターが閉じるとか、

どんな理不尽を目にしても、ここではみんな大人しい。

とにかくビザを貰わなくてはいけないから。




やや言葉をはばかりながら言うと、

残念ながらネパールの役人さんたちの多くは、

正直さやプロ意識をすっかりお忘れになっていて(笑)、

“居住”という最低限度の権利を望む外国人たちに、

結構大胆に正規料金「以外」のものを公然と要求したりする。



これだけ払えば順番を早くしてあげるよ、とか、

書類の不備も見逃してあげるよ、など

座っているだけで、彼らにとってのいわゆる“チャンス”が

いくらでもやってくる。





ある国の人たちは、微塵の躊躇いもなくそれに応え、

輝くビザのシールにオフィサーのサインを手に入れる。

行列する皆が見守るなか、えんじ色のパスポートを鞄に仕舞い、

彼らは真っ先にここを去っていく。




誰かが抗議をする訳でもなく、

いくらかの羨望と失望が入り混じった空気が流れるだけだ。






ネパールとなると、人種のバラエティに加えて

そのメンツもユニークになる。


自分探し系の若者はもちろん、

腕っぷし屈強な山岳おじさん系、

トレッキングを続ける、ブロンドのお洒落な山ガール(古い?)系、

白くて長い髭を蓄えた、よれよれのタンクトップのヒッピー仙人系。




あらゆる人種の、これまたいろんなタイプのヒトビト。




その全員が一様に大人しく、時に歯をくいしばり(笑)、

印象よく笑顔を浮かべようとする絵はなかなか得難いものだなぁ、

などと考えながら、ここでの憂鬱を紛らわしている。





悲喜こもごもの、移民局



           








 

2012年10月12日金曜日

鳴いているのは




カトマンズには野生のリスが街中にふつうに住んでいて、

時々電線や木の枝をすばやく走っているのを見かける。



一度始めると結構長い時間、鳴き続ける。



でも実を言えば、最近までそれがリスの声だとは全く知らず、

どんな鳥が鳴いているのか何とか見届けたいと思っていた。



ある日の午後にも、声が聞こえたから、

その木を改めて、凝視してみた。


1秒ほどの間隔を置きながら「キャン!・・・キャン!」という声。

それと、大きな尻尾がシンクロしながら揺れているのが見えた。


望遠レンズで覗いてみれば、その正体はリスだったという訳だ。





別の場所にいる仲間への呼びかけか、異性へのアピールか。

その目的はわからないけれど、

距離にしてここから30か40mもあるのに、

小さい身体から出る甲高い音は、とにかくしっかり届いてくる。



餌付けなんかは、できるのだろうか。

チャンスがあれば今度はもう少し近くで、撮影してみたい。




鳴くたびに、尻尾が上に大きく上がります。
 











 

2012年9月13日木曜日

季節は2つ





四季のある日本にいると、

季節の変化の“兆し”に触れる機会が、年に4度はあるわけで、

それに対する直感も経験も養われるようだ。

ちょっとした朝晩に冷えを感じて、もうすぐ寒くなりそうだとか

日差しの柔らかさを見て、春も近いだとか。

それなりに予想は当たり、心と身体はそれに備える。







雨季の終わりが近い、と自分なりに感じ始めてしばらく経つのに

いまだ雨は続く。

カトマンズに住むようになってからは、勘も鈍っているようで、

あまり予測が当たらない。

ちょっとした変化をわざわざ捉えてみても、

大して意味がないようで。




では数値化しよう、とカトマンズの天気図をネットで探してみた。

そして気圧の表示を2度、見直す。



「862.2HP」 



・・・この国の表示はどうかしているのかと思ったが、

冬場の気圧も遡れるので見てみると、「1018HP」あたりで推移している。普通だ。




これでは最近沖縄を通った巨大台風の中心気圧よりもずっと低い。

海がないからいいけれど。



調べてみると、西アジアにできる低気圧と、

カトマンズの標高(約1400m)とが相まって、こんな数値になるらしい。




僕は毎日、強烈な台風の目の中で暮しているのか。

急に人間の身体の適応能力に感心し、

自分の手を見つめてしまう(笑)




雨季か、乾季か。季節は2つ。


細かい変化に気付くような風流はないけれど、

この気圧が少しずつ上がって、屋台の果物がまた変わる時、

乾季に向かっていることを、感じるのだろうか。




そういえば、虹も多いこの頃。








今の旬はザクロ、リンゴ、そして梨。
バナナはいつでも。










 

2012年7月22日日曜日

クロちゃん



最近、犬を飼い始めた。




とは言っても、野良犬の1匹に名前をつけただけなのだけど。








クロちゃんがアパートの踊り場に泊まりに来るようになって、しばらく経つ。





3ヶ月ほど前のある夜、家の扉が何かに引っかかって開かないので、


無理やりドアを開ける。


何か黒くて丸いものがズルズル、と向こうへ動いたかと思うと、

暗闇の中でのそりと立ち上がり、面倒くさそうにこっちを見ている。

こちらはぎょっとするのだが、また何事もなかったように、身体を丸めて寝てしまった。

・・・以来のことだ。




極めてもの静かなタイプで、近所でもずいぶん愛されている。

餌をもらってはいろんな家の前で、番犬の“フリ”のバイトをしている。



けれど帰ってくる僕らを見つけると、耳と尻尾を静かに振りながら、一緒についてくる。

雨季の今は何より、雨をしのぐ屋根が大事な訳で、

誰と仲良くすれば良いか、じゅうぶんに心得ているからだ。




いくらか遠慮がちで、吠えもせず、困った顔で見つめられると、

僕らはスーパーで思わず、“ぺディグリーチャム”なんかを買ってしまったりしてしまう。





そうこうしていると、茶色の可愛い彼女を連れてきた。

 数メートルの距離を置いて、上目づかいで、

あのぅ、できればこの娘も泊めてやって欲しいなぁ、というアピールを静かに始める。


あっ、でも無理ならいいんです、

別のところで寝ますから的な「引き」も忘れないから、こっちも辛い。




しなやかに生きるカトマンズの犬たちに、

今のところやられっぱなしの、妻と僕。


今日もふらりとやってきて・・・



重力に、すべてをゆだねる。大の字ではなく、「ヒ」の字になって。





















2012年7月13日金曜日

電気ポットとクレジットカード


商品の故障、交換、クレームその他。

消費者の権利、というものがおおよそ重視されない。

返品して現金を返すなどは論外。

だからそういう交渉事をなんとなく諦める体質になっている。

でも今回はちょっと違う感じの展開になった。






1つ目。

電気ポットが故障したから、“一応”持っていった。

付き返されればほかの店で買うまでだ、と

いくらか強めの口調になる。



「数日で連絡します。」とのこと。




このまま電話がなくても、別に驚かないつもりだったが、

5日目に本当に電話があり、

「新しいものが届きました。すぐに取りに来てください。」






翌日。

店で担当と思しき青年に近づくと、満面の笑みで、

「Mr.〇〇、ご準備できております。」

というか、何だこの丁寧さ。


そしてあの壊れたポットが電源につながれて、

赤いランプを点けている!



確かに直っている。新しくはないけれど・・・。

いくらか得意げに、青年はまだ温かいポットを袋に詰めて、渡してくれた。






2つ目。

スーパーでビールを買い、クレジットカードを差し出した。

レジ裏の通信機から女性店員が戻ってきて、

「無効なカードだ。通らない。」と返される。

抵抗するのも虚しいので、おとなしく現金で支払った。





後日、カード利用を知らせるメールが来る。しっかりクレジットカードが通されていたのだ。

大した額ではないものの、2重で請求されるのは悔しいし、

何より使っていないはずのカードが通っているのは無視できない。


これはおかしい、サインをしていない、当日の記録を確認してくれ。


外人のクレームを店長は穏やかに迎え、

彼の名前、携帯番号を素早く書いて渡してくれた。明後日に連絡する、とも。

この対応にも内心あ然とする。

「話が通じてる・・・。」




再度来店してみると、

その日に売り上げた全部のクレジット伝票の束を持ってきて、一緒に確認しようと言う。

しかしどれだけ見ても、僕のカード情報は出てこない。



彼によれば、店員はカード通信機にカードを通したが、

最終的な決済処理はしておらず、

操作は未完了だったようだ。ただ、クレジット会社にだけは情報が流れていったから

請求予告に出てしまったのだろう。だから私が保証する。

君の銀行からその金額が引かれることは、決してない。

もしそうなったら、もう一度ここへ来て欲しい。


・・・・ということを、懇切丁寧に、穏やかに、時間をかけて、説明してくれたのだ。

あ然、とする。

「また話が、通じてる・・・。」


呆気にとられたまま、握手をして、別れた。







結果は・・・といえば、ポットはその3日後にまた壊れ(笑)、

クレジットカードはしっかりきちんと、2重請求になっていた。





何となく分かってた結末だけど、

今回はいくらかの“変化球”を、楽しんだ・・・という事にしよう。



暇があれば、屋上で空ばかりを。






モンスーン時期の夕焼けは、息を呑むほど美しく・・・




バナナの葉っぱも元気です。





























2012年7月8日日曜日

夏の恵み




行商が、季節の果物を売って近所を歩く。

直径1m、高さ50cmほどの網カゴが、自転車の後ろに取り付けられていて、

3週間くらいの間隔で、積んでいる果物が次々と変わっていく。

カトマンズの、亜熱帯らしい風景の一部だ。




もちろん店先にならぶ果物も、彩りを次々と変える。


次には何が来るのだろうという、期待をいつもしている。

いろいろな品種の細かいことは知らないけれど、

 果物が大好きな妻は、毎日本当に嬉しそうだ。




黄色に始まったマンゴーが、今は緑に。

シーズンの始めから旬に差しかかると幾分値段は上がるものの、

ネパールでは驚くほどの甘さのマンゴーが、

1kgあたり今は70NRsから80NRs(70円~80円)。



毎朝の朝食にも頂いて、おやつにも頂いて、夕食後のデザートにも頂いて。




鮮やかな色、手に持っただけで漂う甘い香り、ずしりとした重み。




プレイステーションもWiiも持たない子供たちが、

この季節の恵みを、笑顔で両手に抱えている。







見た目は素朴な。 Jack Johnsonを聴きながら食べると、気分はハワイ(笑)





















2012年7月4日水曜日

モンスーンが来て



中学のときに習った“モンスーン”は確か、“季節風” としか説明されなかったけれど、

世界の各地にそれぞれのモンスーンがあるらしい。


ここに吹くのは、いわゆる“インドモンスーン”で、インド洋からの暖かい湿った風だ。



ただ、ちょうど日本人が “梅雨”という言葉を使うように、

ネパールでは、“モンスーン”は単純に雨季を表す。


日本の梅雨よりもはるかに長く、これから9月の半ばまで続くそうで、

年間降雨の4分の3はこの時期に降ってしまうのだとか。







そういう訳で、結構な雨が毎日降っている。

夜中から朝にかけて、はたまた日中突然に。





雨は長時間降り続くことはあまりなく、断続的だ。

1時間、2時間と降ったあとは、強烈な日差しに素早く地面が乾き、

すぐにも風が地面の塵を、巻き上げる。


低く、地表にからんだ雲が、緑の山々にくっきりした影を落とす。





遠くはいつも霞んでいるから、

その向こうにヒマラヤが見えていた頃を、時折忘れてしまいそうになる。

秋までは多分もう見れない。




水と電気がずいぶん戻ってきた。

今後しばらく、蛇口をひねれば水が出る。

スイッチを入れれば灯りが点く。

冬を越えた今では、

1日5時間の停電にも、不自由のない暮らしができる。


雨に霞む。オレンジの屋根はカトマンズ・ハイアット。


インドハッカの夫婦。雨の合間に。


















2012年4月30日月曜日

バッティ アヨ、ガヨ。


日々、計画停電は当たり前の顔で続いている。

週62時間だから、1日8時間以上は電気がない毎日だ。





ところで、電気はネパール語で「バッティ」。バッテリの訛りだろうか。

停電の瞬間になると、アパートの上や下、ついでに近隣から、

「バッティ、ガヨー!」の声が聞こえる。

訳せば「電気が“去ってしまった、行ってしまった”」という意味だが、

分かりきった状況をわざわざ毎回声に出してリアクションを見せるから面白い。

(ガヨは、原形が「ジャンヌ」で、完了形が「ガヨ」)




電気が“去る”の反対は“来る(アウヌ)”。

停電が終わった瞬間は、“電気の到着”、とでも言うのか、

「バッティ、アヨー!」の叫びがまた聞こえる。子供の声、大人の声。

嬉しそうだ。




しかし今日は、夕方いつもの30分遅れでバッティが “アヨ”、したのに

その30分後に“ボン!”と言う音がして、

また“ガヨ”してしまった。火花が見えたと、妻は言う。



訊けば、電線から電気を送る装置がクラッシュしたということだ。

いつ、直ることやら・・・



近所はまた、漆黒の闇。

番狂わせにさぞかし苛立つかと思いきや、すぐにまた皆楽しそうに笑っている。

“バッティ、アヨ パチ ガヨー!(電気が来たと思ったら、またいっちゃったー)”


・・・この危機感のなさには影響されまい、

とは思っていたが、なんかもう、どうでもよくなってきた。


怒っても、笑っても、夜は更けていくのです。



一応使えるようです。アサンで。


午後は空港に、アメリカに帰る友人を見送りに。
次に会えるのは、いつの日か。












2012年4月12日木曜日

雲を見上げて



続いた雨が大気を洗い、

久しぶりに青い青い空が丸1日。

夕方、屋上の風に吹かれながら麦酒を飲んだ。

クリケットをする子供たち。野菜売りのおじさん。のんびり歩く牛の親子。

雲の大きさに、言葉もなく



今日はビクラム暦*でいう1年最後の日。明日から新しい年が始まる。


入道雲を眺める、大晦日。







*ビクラム暦:ネパールで使われる公式の太陽暦で、一般的にはこちらが優先される。
今日は2068年チャイットラ30日。明日からは2069年バイシャク1日だそうな・・・。




2012年4月11日水曜日

雨上がりは


乾季の終わりまで、あとひと月ほどあるけれど

ここ一週間は、夜ごとにずいぶん雨が降るのが常だ。


でも朝には必ずからりと晴れて、やわらかい風に埃もなく、

大気が洗われて少し穏やかなカトマンズになる。


静けさは束の間ですが・・・





















最近の日課は、起き抜けに屋上に上がって山を観ることだ。

盆地のカトマンズを取り囲む緑の山々は、“パハール”と呼ばれ、

その向こうに時々姿を見せる白い山々が、“ヒマール”、つまりヒマラヤ山脈。

はるか遠くにありながら、その巨大さで

ヒマールはパハールと交互に並んでいるようにも見えるのだ。



あと30分もすれば、霞で見えなくなります。



寝ぼけたまま望遠レンズがぶれないようにホールドするのはちょっと大変だ。

やや冷たい空気にも、少しだけむせそうになる。


けれど静かな朝に、息をこらして

シャッター音を鳴らすひとときは、

ここのコーヒーと同じくらい、美味しい。


















2012年4月8日日曜日

交渉ゲーム

マイカーのない暮らしだから、

荷物の多い日や疲れた日にはタクシーを使う。


一応はメーターの法定料金なるものはあるらしいが

それに応じてくれた運転手は、今までにたった1人。

やはり毎回交渉がいる。ちょっとしたゲーム感覚だ。


まず顔の前で手を合わせて、笑顔で空気をほぐしながら
運転手が目的地を知っているかどうかを訊く。


この時、本当は知らないのに「知っている」と言う人が多く、
それを信じると遠回りされた上に
その分の料金まで上乗せされる可能性が高い。

無数にある、“カトマンズの不条理”のひとつだ(笑)。

いくつかの近隣の地名も並べながら、彼の目をしっかり見て(笑)確かめる。


次に料金を提示しあう。

運:「ティンセイパチャス(350Rs)」

相手が外国人だと見ると、相場に少なくとも100Rsは乗せてくる。




すぐには答えない。

彼の目をじっと見て数秒すると、ふっかけた事に気付かれたと
目を逸らしはじめるのだ(笑)。

そこで、

「エクセイパチャス(150Rs)!」と僕。

本当は200でもいいけれど、そのちょっと下から始めるのが良い。


当然うんざりした顔で首を振る。

こっちも同じ動作と顔で拒む。
そして車の「前方」に歩き出す。毅然と背中を見せるためだ。


ここで背後からクラクションが聞こえれば、ひとまず勝ちだ。
運転手は諦めた顔で「乗れ」と言う。




でも目的地が近づいたころ、やっぱり料金が不満な彼は次々不平を並べだす。

「こんな中まで入る道だったらあと50Rsだ。」
「ここから客は拾えないから帰りの分も払ってくれ。」
「日本は仕事がたくさんあるんだろ」
しまいには「俺には子供が5人もいるんだ。」などと言いだす始末。

アクセルをふかしては不機嫌をアピールする。



苦笑しつつも彼の肩をたたき、

「そうかそうか大変だね。ネパールはガソリンも高いもんねぇ。ありがとねぇ。」


運ちゃんを優しくなだめながら、

結局僕は辛い空気に幾らかのチップを乗せてしまうのだ。

負けた。




交渉のゲームは、降りるときまで、終わらない(笑)


うなだれる、中央分離帯。










































2012年2月17日金曜日

生活感が

中央郵便局に日本からの荷物を取りに行き、
そのあとアサンを歩いて抜けた。

今日の混み具合も尋常でないから、
前回の混雑は特別ではなく、いつもの事なのだろう。

人、バイク、リキシャ、時には車までが、大体同じゆっくりしたスピードで
うごめきながら、目的の場所へと向かう。

以前は、こんな中で妻を見失わないように
ずいぶん気を使ったけれど、
そんな緊張感が無くなっていることにも気づいた。
視界から消えない範囲で、街を楽しめるようになったようだ(笑)。

しかも、後ろから横からやってくるバイクや車の気配を感じて、
携帯で話しながらでも、ひょいと自然に避けられるようになっている。


街のリズムに身体が馴染んだ、とかそんな悠長なものでなく、
どうも危険回避能力(笑)が発達したらしい。




ごった返すアサン。いったい何人いるのかと、考えるだけ無駄な感じが。




市場での買い物も、通じなくても店主に交渉を挑むようになったし、
新しい車のタクシーに乗ったら、
ためらうことなく「すごくいいね」と誉めたりして、
運ちゃんの笑顔を見れるようにもなった。


風邪をひいても、停電ばっかりでも、ガス不足でも
もうその時に考える。

人混みを泳いで、糧を得て、友とチヤを飲んでいると、
毎日不安を感じている時間などない。



旅行から「暮らし」に、毎日が変わりつつある。






2012年1月13日金曜日

数字から

モノを買い、モノを食べ、水を飲み、電気を手に入れ、日々を生きるために

やはり現地語に馴染まなければダメなわけで、

ネパール語に必死で取り組む毎日でもある。

発音や文法が日本語にやや似ているとタカをくくっていたけれど、

数字から困るのが現実だ。そう、数字から。



すべてネパール語なのだ。

ひとつひとつの数字が、これまでまったく使ったことのないものばかりで

読むのも書くのも一仕事。


しかも2桁以上の数字になると、各数字が独特の読み方を持ち、

法則性がなんだか弱くて、かなり覚え辛い。



一例を挙げてみると、


「29」は「ウナンティス」と読む。

で、「30」は「ティス」。

(どうやら「ウナン‐」は「一つ少ない」というような意味らしい。)

では「80」が「アッシー」だったら「79」は何と言うか?



さっきの法則を借りると

ウナン アッシー」 になって欲しいところ。

でも正解は

ウナシ」と聞こえる。

発音の問題かと思うが、こんな具合に変わるから厄介だ。 


もうひとつ無理にあげるなら、

「70」は「サッタリ」。 では「69」は?

さっきの「ウナン」を使うとして、「ウナンサッタリ」と思うけど、正解は

「ウナン ハッタル」(笑)。

・・・約束が違う!と叫ぶも空し。


子供に戻るのだ、戻るのだ、と己に言い聞かせ、
ひねもすヒマラヤの麓、ヘタ文字を綴る・・・・。







2012年1月12日木曜日

情報の値段

ネパールに来て1か月と少し。

お店で手にとる品物の値段の相場がだんだんわかってきた。

日本と同じくらいのもの。断然こちらが安いもの。その逆。





でも大きく予想を裏切られたのが、新聞の値段だ。

通りすがりのパサル(店)で、現地で一番よく見かける

The Himalayan Times を選び、50ルピー紙幣を出したら、

店主がやや慌てる表情を見せた。





料金の不足を伝えるのに困っているのだろうと思い、

お金を追加する準備をしていたら、

いったん引っ込んだ店主は、戻ってきて47ルピー(!!)を返してくれたのだ。

なんと、新聞はたったの3ルピー(3円弱)。

新聞を買うのに50ルピー紙幣を出す人などいないのだ。


いつも日本の駅のホームで、
夕刊を50ルピー(笑)で買っていた僕は
なんだか得をしたような気分で、お釣りをポケットにねじ込んだ。

もっと情報収集に励もう、などと意気込みながら。

名前ほど、値段が高くないのが良いところ。















翌日、今度は別の新聞、 The Kathmandu Post を手にとって、

ためらうことなく3ルピーを差し出す。しかも貴重な小銭で。

店主、少し困った顔をして僕に手のひらを向ける。




こっちは、5ルピーだった(笑)。