毎日ドアの向こうにいる彼とは早めに折り合わないと、
外出時に毎回冷や汗をかき続けることになる。とはいえこの異国で犬に襲われた場合の厄介な手
続きを想像すると、どうしても腰が引ける。
犬は怖気づいた人間をすぐに見抜く。
この悪循環を断たねば。
そんな時、アメリカから帰国した大家さんの息子がやってきて
「ノブ、ダンプと仲良くなる鍵はだな・・・」 と言いながらビスケットを一袋手渡してくれた。
「食い物だよ。」
普段はネパールにおらず、2、3年に1度しか帰国しない彼も、
自分の事を忘れるダンプに悩んでいたらしい。
1度は咬まれたこともあると聞いて驚いた。
彼は僕を庭へ連れ出し、寄ってきたダンプに向かってビスケットを見せる。
「ボス!(座れ!)、ダンプ!ボス!」 と叫ぶと、T-REXダンプの目の色が変わる。
芝生の上に即座に座り、大根よりも大きな尻尾を千切れんばかりに振っている。
そのせいであたかも周囲に強い風が吹くようだ。
クッキーを与える前に、頭を撫でて 「ハート!(お手!)」と言うと1回で巨大なダンプとの握手に
成功した。
彼はダンプの手を握ったまま得意そうに笑い、ビスケットの持つ力を証明。
お前もやってみろと合図する。
僕は腰が引けたまま、ビスケットをやや大げさに掲げて、
「ボス!ダンプ!ボス!」 と叫ぶ。ネパール語で育ったダンプには「お座り!」は通じない。
次の瞬間、ダンプはさっきと同じように座り、子犬のような表情でビスケットを欲しがった。
「ハート!」の言葉にもすぐ応じ、巨大な前足を僕に差し出す。
「やった!」思わず出た日本語に怪訝そうな表情を見せるが、
恐る恐る頭を撫で、頬を撫で、顎をさすってやると目をつぶり、気持ちよさそうな表情になる。
数枚のビスケットを受け取ったダンプはその日から明らかに僕を友達と認め、
あの恐ろしい眼をすることは無くなった。
僕のネパール語の発音が悪いと、言う事を聞いてくれないから、
ある意味良い練習にもなっている。
恐怖の数日を終わらせたのは、たった数枚のビスケット。
誰でも克服できそうなセキュリティーホールの甘さにやや心配にはなるのだが、
少なくともこの巨大な友達と良好な関係を築けたことを、喜ぼうと思う。
単純だが愛すべき… |
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